練馬区と大槌町の往復を続けています。
ブログ更新がなかなかできず、時々来てくださる方、すみません。
尊敬する知り合いに偶然連絡がつながり、twitter をやるように言われました。
彼は僕の人生に大きく影響を与えたひとでした。
Twitter が、僕の見識を拡げるからとほぼ指示でした。
彼は素晴らしい番組をたくさん作る人で、何度も彼に影響を受けました。
ということで、彼の勧めは無条件に受けます。
9月4日に始めました。
思っていたより、楽しいです。
僕は、ドラッカーが好きで、20冊くらい読みました。
そのドラッカーの名言が1日何個も入ってきます。
友人が右往左往してたり、楽しんでいたりも、友人のことをもっと好きになりました。
短いつぶやきならば続けられそうです。
suimebukuro です。
少し落ち着いたら、ブログも更新します。
震災のこと、現代思想 imago にちょっと書きました。
9月号です。
いつも来てくださって本当にありがとうございますm(__)m
ブログ更新がなかなかできず、時々来てくださる方、すみません。
尊敬する知り合いに偶然連絡がつながり、twitter をやるように言われました。
彼は僕の人生に大きく影響を与えたひとでした。
Twitter が、僕の見識を拡げるからとほぼ指示でした。
彼は素晴らしい番組をたくさん作る人で、何度も彼に影響を受けました。
ということで、彼の勧めは無条件に受けます。
9月4日に始めました。
思っていたより、楽しいです。
僕は、ドラッカーが好きで、20冊くらい読みました。
そのドラッカーの名言が1日何個も入ってきます。
友人が右往左往してたり、楽しんでいたりも、友人のことをもっと好きになりました。
短いつぶやきならば続けられそうです。
suimebukuro です。
少し落ち着いたら、ブログも更新します。
震災のこと、現代思想 imago にちょっと書きました。
9月号です。
いつも来てくださって本当にありがとうございますm(__)m
今日は、合同慰霊祭
今日までに、今日のことを言う方が幾名もおられた
くぎらなきゃ、変わらなきゃと仰っていた方もおられた
私だけじゃないから、とも
今日は、その日になった。
100日間という区切りや合同慰霊祭という区切りで、
こころに区切りをつけられるだろうか、という人もいた
その少し前の日、ある方は、苦しんでいる自分をさらに責めていた
みんな同じで、がんばらなきゃならないのに、とおっしゃって
合同慰霊祭の話をなさりながら
ともに過ごさせていただけた時間の後で、
ずっと思い続けていいのだ
これからも思い続けていいのだ
寂しくて苦しくていいのだ
大切な人だったからそれでいいのだ
とおっしゃった。
そうして大切な人を思うその人の姿
弱い自分を責めていた、その強さを想う
何が正しいかはわからない
ただ、生きるその人の
何かの手伝いができたら
今日、福島に通っている児童精神科医の仲間が、
月1回だけども、5年は通うと思っている。短期で行く支援も必要だけど、長期的に支えの一つになる役割もある。
と言っていた。
5年かあ。
僕も、岩手県が来なくていいよと言うまで、通ってみようか。
近くしくなった多くの人を毎日想う
今日は寝られているだろうか
仲間とは、友人たちとはうまくつながっているか
涙されておられるのか
お酒減らせただろうか
お薬は役立ったろうか
笑顔だろうか
そういう過程の中での今日を
謹んでご冥福をお祈り申し上げます
今日までに、今日のことを言う方が幾名もおられた
くぎらなきゃ、変わらなきゃと仰っていた方もおられた
私だけじゃないから、とも
今日は、その日になった。
100日間という区切りや合同慰霊祭という区切りで、
こころに区切りをつけられるだろうか、という人もいた
その少し前の日、ある方は、苦しんでいる自分をさらに責めていた
みんな同じで、がんばらなきゃならないのに、とおっしゃって
合同慰霊祭の話をなさりながら
ともに過ごさせていただけた時間の後で、
ずっと思い続けていいのだ
これからも思い続けていいのだ
寂しくて苦しくていいのだ
大切な人だったからそれでいいのだ
とおっしゃった。
そうして大切な人を思うその人の姿
弱い自分を責めていた、その強さを想う
何が正しいかはわからない
ただ、生きるその人の
何かの手伝いができたら
今日、福島に通っている児童精神科医の仲間が、
月1回だけども、5年は通うと思っている。短期で行く支援も必要だけど、長期的に支えの一つになる役割もある。
と言っていた。
5年かあ。
僕も、岩手県が来なくていいよと言うまで、通ってみようか。
近くしくなった多くの人を毎日想う
今日は寝られているだろうか
仲間とは、友人たちとはうまくつながっているか
涙されておられるのか
お酒減らせただろうか
お薬は役立ったろうか
笑顔だろうか
そういう過程の中での今日を
謹んでご冥福をお祈り申し上げます
弱りきった身体を引きずりながら「病院には行けない」と言った方がいた何名かおられた。
お金の支援はギリギリ受けられていたし、病院に行こうと思えばいける状態だった。
「一人で生きなきゃない」とおっしゃった。「がんばらなきゃいけない」という。
しかし、歩行もふらふらでやせ細っていた。食事もほとんどしていなかった方もおられた。
震災前からさまざまなものを失った方は、震災後に残りのすべて失っていた。
酒は1日2缶。けっして飲んではいけない身体ではあった。
「気分を変えるために」「飲まないと生きていけない」。
身体を蝕む酒は、いのちをギリギリ永らえさせていた。
誰かに助けを求める力も失っていた時に、出会った方。
「よく見つけてくれました」と仰って、深く涙された。
助けてほしい人は助かる。しかし、助かるためには力が必要で、助けてと言えないまでに力を失った人は、そのまま生きられなくなる。
「もしも助けてくれるならば助かりたい」という方に出逢いに行くことは、こちらから出かけていく医療でなければできない。
「なぜかかりつけ医に行かなかったのですか?」と聞くと、「怒られるから。怖い」と言っていた方がいた。力を失ってそれでもギリギリ何とか力をふりしぼって病院に行けたことは、その方にとってものすごく頑張ったことであろうことは明白だった。
にもかかわらず、こんなんじゃダメだと怒られることがある。
「ちゃんとしないならばもうあなたを診られない」と言われる。
こんなんじゃダメだということは本人がよく知っている。
しかし、家庭環境がボロボロで生きていくことだけで精一杯で、
そして、頑張って頑張って生きている。
終に、自分ではもはやどうにもならないところまで疲れて力が落ちた時に、
ようやく医療に助けを求めることがある。
そのときに、どのような言葉を掛けられるかで、人のいのちは変わるのだと思う。
医療は何かを考えなければならない
お金の支援はギリギリ受けられていたし、病院に行こうと思えばいける状態だった。
「一人で生きなきゃない」とおっしゃった。「がんばらなきゃいけない」という。
しかし、歩行もふらふらでやせ細っていた。食事もほとんどしていなかった方もおられた。
震災前からさまざまなものを失った方は、震災後に残りのすべて失っていた。
酒は1日2缶。けっして飲んではいけない身体ではあった。
「気分を変えるために」「飲まないと生きていけない」。
身体を蝕む酒は、いのちをギリギリ永らえさせていた。
誰かに助けを求める力も失っていた時に、出会った方。
「よく見つけてくれました」と仰って、深く涙された。
助けてほしい人は助かる。しかし、助かるためには力が必要で、助けてと言えないまでに力を失った人は、そのまま生きられなくなる。
「もしも助けてくれるならば助かりたい」という方に出逢いに行くことは、こちらから出かけていく医療でなければできない。
「なぜかかりつけ医に行かなかったのですか?」と聞くと、「怒られるから。怖い」と言っていた方がいた。力を失ってそれでもギリギリ何とか力をふりしぼって病院に行けたことは、その方にとってものすごく頑張ったことであろうことは明白だった。
にもかかわらず、こんなんじゃダメだと怒られることがある。
「ちゃんとしないならばもうあなたを診られない」と言われる。
こんなんじゃダメだということは本人がよく知っている。
しかし、家庭環境がボロボロで生きていくことだけで精一杯で、
そして、頑張って頑張って生きている。
終に、自分ではもはやどうにもならないところまで疲れて力が落ちた時に、
ようやく医療に助けを求めることがある。
そのときに、どのような言葉を掛けられるかで、人のいのちは変わるのだと思う。
医療は何かを考えなければならない
地元の医師が「もうあなた限界だから」と言って私たちと出逢わせてくれた方が何人もあった。
その医師は、人が弱くなることを否定しない。がんばりすぎだから、休めと言ってくれる。
不安、不眠、緊張。「苦しい」という人は、私たちにつながってくださった
避難所にはたくさんの情報が来る。
その情報に触れても、情報の中身が理解できたとしても、
その情報の中で自分が何を頼るべきかがわからなくなることがある。
一生懸命に理解した情報が、あるとき急に変わることもある。
自分のためと思って集める情報であるからこそ、頑張って失敗して頑張って挫かれてと繰り返していくと、
もういいやと思うことがある。
はじめは「罹災」と「被災」の意味がわからなくて、支援を受けるのを逃した、という方もいた。
何もかもが初めてで、とても疲れたという。
人々を助けるためにと情報は山のように避難所に届けられる。
ところが、真に必要な情報を手に入れることができていないという。
しかし、それほど頑張った人であったために、私たちはただ話を聴くだけでもよかった。
どうしたらいいのかと、多弁に苦しさを語りながら、こんなに頑張ったのにと涙を流されながらも、
ひとつひとつが言葉にすることによって整理されていくことがある。
その過程の中で、「今、これをしたらいいのか」と自分自身で見えてくる。
迷子になっていたときは不安と緊張で苦しくなるけれども、このとき必要なことは、その方がどのようにしてそこまでたどり着いたのかを一緒に確認して、次に進むべき方向を整理することがよかったりする。
迷子になるほどに、何かに挑戦し、がんばってこられた
その医師は、人が弱くなることを否定しない。がんばりすぎだから、休めと言ってくれる。
不安、不眠、緊張。「苦しい」という人は、私たちにつながってくださった
避難所にはたくさんの情報が来る。
その情報に触れても、情報の中身が理解できたとしても、
その情報の中で自分が何を頼るべきかがわからなくなることがある。
一生懸命に理解した情報が、あるとき急に変わることもある。
自分のためと思って集める情報であるからこそ、頑張って失敗して頑張って挫かれてと繰り返していくと、
もういいやと思うことがある。
はじめは「罹災」と「被災」の意味がわからなくて、支援を受けるのを逃した、という方もいた。
何もかもが初めてで、とても疲れたという。
人々を助けるためにと情報は山のように避難所に届けられる。
ところが、真に必要な情報を手に入れることができていないという。
しかし、それほど頑張った人であったために、私たちはただ話を聴くだけでもよかった。
どうしたらいいのかと、多弁に苦しさを語りながら、こんなに頑張ったのにと涙を流されながらも、
ひとつひとつが言葉にすることによって整理されていくことがある。
その過程の中で、「今、これをしたらいいのか」と自分自身で見えてくる。
迷子になっていたときは不安と緊張で苦しくなるけれども、このとき必要なことは、その方がどのようにしてそこまでたどり着いたのかを一緒に確認して、次に進むべき方向を整理することがよかったりする。
迷子になるほどに、何かに挑戦し、がんばってこられた
3月31日からずっといた岩手から、5月11日に一度東京に戻った(4月は3日間岩手外)。
あまりにもいろいろな人の言葉を聴き、こころが揺れていた。
精神科医という専門家であるというのに。
一人一人と長く出会うことで、一人一人を良く知り、その人の気持ちを感じる。
傾聴は、1時間、2時間という時が流れる。
長期にいたという報道関連の人が、「自然に涙が流れるのです」と言っていた。そのような方が何人もいた。
しかし、私は精神の専門家としての私を保つ必要があった。
私は、自分の回復をするためにゆっくりと休んだ。音楽を聴き、できるだけ家に閉じこもった。
自然と流れる涙から回復できないことを恥ずかしく思うこともあり、焦ることもあった。
そんなある時、
「傾聴」とは、「相手に興味を持つことです。だからこそ共感ができます」という言葉と出逢った。
専門家としては、その方の前で涙を出すわけにはいかない。しかし、その方に興味をもたなければ、話を聴くことができない。
その方に興味を持ち、その方がいない時にも、今どうしているのかなとその方を想う。それでいいのだと思えた。
今日、再び活動の記録を書くことができた。
5月19日から再び岩手へ。6月末までは、木、金、±土 岩手に入る。出会えた人々が、少しずつ回復をしていた。もしかしたら私たちがいてもいなくても回復していったのかもしれないと思うこともあるほどに元気になられていく。
まだ、私たちが必要という時期であるならば、何かの役に立てていればと思う。
あまりにもいろいろな人の言葉を聴き、こころが揺れていた。
精神科医という専門家であるというのに。
一人一人と長く出会うことで、一人一人を良く知り、その人の気持ちを感じる。
傾聴は、1時間、2時間という時が流れる。
長期にいたという報道関連の人が、「自然に涙が流れるのです」と言っていた。そのような方が何人もいた。
しかし、私は精神の専門家としての私を保つ必要があった。
私は、自分の回復をするためにゆっくりと休んだ。音楽を聴き、できるだけ家に閉じこもった。
自然と流れる涙から回復できないことを恥ずかしく思うこともあり、焦ることもあった。
そんなある時、
「傾聴」とは、「相手に興味を持つことです。だからこそ共感ができます」という言葉と出逢った。
専門家としては、その方の前で涙を出すわけにはいかない。しかし、その方に興味をもたなければ、話を聴くことができない。
その方に興味を持ち、その方がいない時にも、今どうしているのかなとその方を想う。それでいいのだと思えた。
今日、再び活動の記録を書くことができた。
5月19日から再び岩手へ。6月末までは、木、金、±土 岩手に入る。出会えた人々が、少しずつ回復をしていた。もしかしたら私たちがいてもいなくても回復していったのかもしれないと思うこともあるほどに元気になられていく。
まだ、私たちが必要という時期であるならば、何かの役に立てていればと思う。








